毎週金曜日放送の「爆報フライデー」に
西口彰連続殺人事件の犯人を見破った少
女として一躍時の人とった古川るり子さ
んが特集されますな。
戦後、最悪な凶悪事件として取り上げら
れた西口彰事件だが、この事件を解決し
たのが警察でもなければ当時11歳の少女
だと言うから驚きである。
その犯人と称されたのが、西口彰と言う
人物だが死刑が執行され残された家族や
子供達の現在が非常に気になる。
今回は、そんな天才的な視覚を持つ古川
るりこさんや、西口彰の子供関係につい
てスポットをあてて行きたい。
早速行ってみよう。
目次(コンテンツ)↓↓
- 西口彰事件とは?
- 事件を見抜いた少女古川るり子とは?
- 古川るり子はなぜ西口彰が犯人だと確信したのか?
- 古川るり子の今現在はいかに!
- 西口彰の子供は!?
- 最後に
西口彰事件とは?
元々、前科4犯という例歴を持っていた
キリスト教カトリックの影響をもろに受
けていた西口彰が1963年に2人を殺害し
その後も弁護士や、教授などの嘘を装
って熊本に潜伏しているところを逮捕
された事件である。
結局、事件の全体像として福岡で2人静岡
で2人、熊本で1人計5人が殺害され被害総
額は80万と言うから、当時の80万円と言
う金額はかなりデカい額であった事は間
違いないだろう。
事件解明のきっかけとなったのが、最後
の熊本での出来事で当時全国に指名手配
されていた西口は幼いたった一人の11歳
の少女の天才的視覚によってその人生を
終えたのであるな。
裁判でも、「殺人罪」「窃盗」「詐欺」
と言うチャンピオンレベルの罪で起訴さ
れ、世間から
悪魔の申し子
と称され、戦後最悪な事件の一つとして
取り上げている。
これには警察側もさすがに、
全国の警察は、西口逮捕のために懸命な捜査を続けたが、結果的には全国12万人余の警察官の目は幼い一人の少女の目に及ばなかった
と語っている。
その後、1966年に死刑が確定し70年に刑
が執行され享年は44歳である。
事件を見抜いた少女古川るり子とは?
西口彰を犯人と断定し、直感と視覚だけ
で見破った古川るり子とは一体何者なの
か?と言う事が非常に興味深い。
当時で11歳と言う事なので、今現在はお
そらく60代の半ばと言うとこではないで
しょうかね(‘_’)
事件当初は熊本の玉名に住まれていたそ
うだが、現在もまだいるのかは不明であ
るが嫁に行ったり引っ越しをしていなけ
ればおそらく玉名に住んでいる可能性も
ありますな。
逮捕後、獄中にいる西口彰から文通を申し
込まれたそうだが、その後2人の間で文通
をしたと言う記録がないためおそらく文通
は拒否したことだと思われる。
古川るり子はなぜ西口彰が犯人だと確信したのか?
西口彰は、弁護士を装い熊本にある住職
で教誨師の古川泰龍の自宅に姿を現した
事がことのはったんで、すでに全国に指
名手配されていた西口の事を古川泰龍さ
んの娘るり子さんが初対面にも関わらず
直感で、殺人犯だと気づいたと言う。
るり子さんは自分の自宅に事件の犯人が
やってきたのだから、いてもたってもい
られなかったのか、
あの人、西口だ
と父親に訴え掛けるが泰龍は全く聞く耳
を持とうとせず逆に、「客人に向かって
失礼だぞ」と怒る始末だった。
なぜ、るり子が始めて見た西口を犯人と
確信したのかと言うと、るり子の学校の
同級生が西口彰と一文字違いの名前だっ
たそうで、指名手配書を毎日の様によく
見ていたらしく嫌でも情報を覚えていた
そうだ。
母親の美智子もるり子の直感を信じていた
ため姉の愛子を交番に走らせ、西口の指名
手配書を記憶しメモにした。
指名手配書には、「顔のあざ」が特徴と記
されており美智子はそのあざの事を記憶し
、西口の顔にあざがあることを確認した瞬
間事件の犯人と確信したと言う。
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