毎週水曜日放送の「世界仰天ニュース」に

今から5年前に集団食中毒事件を起こした

「焼肉酒屋えびす」のユッケが特集されます。

 

事件当初、14歳になった息子の誕生日を

祝おうと家族でえびすを訪れたのは

良かったが、楽しい外食となるはずの

時間がユッケを食べた途端に体調を崩し、

帰らぬ人となってしまう。

 

このとんでもない悲劇を巻き起こすこ

とになろうとは誰も知る余地が

ありませんでした。

 

今回は、その焼肉酒屋えびすのユッケに

何があったのか?

 

元社長である勘坂康弘とはどんな

人物だったのか?

と言う所に焦点を当てて行こうと思います。

それでは早速ピックアップして行きましょう!

目次(コンテンツ)↓↓

  1. 焼肉酒屋えびすと 勘坂康弘元社長の経歴
  2. そして、食中毒事件が発覚!
  3. 逆ギレ会見がハンパない!
  4. 元社長、勘坂康弘の今現在は!?
  5. 最後に
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焼肉酒屋えびすと 勘坂康弘元社長の経歴

1d15b846f6c996b909233659ce9bd81c出典http://blog.goo.ne.jp

  • 本名 勘坂康弘(かんざか やすひろ)
  • 生まれ 1968年8月18日(48歳)
  • 出身 石川県 
  • 学歴 金沢星陵大学 卒業

大学卒業後に、薬品会社に就職するも約2年

で退職し上京する。

 

その後は自分で起業することを決意し、

自己資金を貯めるために派遣社員として

2年半勤めあげ、約1000万の資金を

稼ぎます。

 

1997年に第一号店となる「焼肉酒屋えびす」

を富山県高岡市にオープンさせ翌年の

1998年には有限会社フーズフォーラスを立ち上げ、

一気にチェーン展開を試み北陸地方を中心に

神奈川県まで視野を広めていました。

 

事業は瞬く間に軌道にのり、2000年には

資本金1000万をプラスして株式会社に社名と

組織変更を行い、一皿100円の豚バラや

280円のユッケと言う低料金システムを構築し

人気番組の「深イイ話」にも紹介されていた

過去がありますね。

 

 

そんな事もあり、店舗は石川県、富山県、

福井県の3県で10店舗その後、関東圏にも

進出し神奈川県を中心に4県で10店舗

合計20店舗まで拡大し、順調に業績を

上げていたとされ事件発覚前の会社の

売上高は少なくとも18億円まで上って

いたと言います。

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そして、食中毒事件が発覚!

順調に売上を伸ばしていたとされる「えびす」

ですが、2011年に突然集団食中毒に

よる死亡事故が発覚し、5名の死亡者と

90名にも上る重軽症者を出す大惨事を

巻き起こしてしまいます。

o0500035211209338809出典http://ameblo.jp

原因はユッケをたべた事による腸管出

血性大腸菌O‐111に感染し引き起こした

食中毒であり、当初食中毒のリスクを

減らす肉の表面を削り落すトリミングと

呼ばれる衛生管理を行っていなかったことが

最大のミスだと指摘されました。

 

これに対し、元社長の勘坂氏は

「生食用の肉というのは日本に流通しておらず、加熱用の肉を殺菌のうえ、店の責任で調理するのが慣例」

とコメントし、

「それを踏まえ、法律で禁止すればいい。すべきです。禁止していただきたい!」

と完全に開き直りともとれる発言を繰り返し

消費者やマスコミから大バッシングを受け、

記者会見では最初は強気な発言を繰り返して

いたが、最後には追い込まれたのか土下座まで

する始末となっています。

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