毎週金曜日放送の人気番組「爆報THEフライデー」に流通ジャーナリスト

故金子哲雄さんが登場します。

 

わずか41歳と言う若さで肺がんのためこの世を去った金子哲雄さん

ですが、よく元気な姿で「ホンマでっかTV]に出ていた時を

昨日のように思い出します。

 

流通ジャーナリストという肩書を持ち、中小企業診断士でもある

金子さんはマネージメント事務所の社長さんでもあり、

いつもメディアに出ては、さんまさんたちにイジラレていた

人気キャラでもありましたね。

 

そんな金子さんの妻への遺品や生前前の最後の言葉が

切なすぎてハンパないので今回はそのへんを

ピックアップしていきたいと思います。

目次(コンテンツ)↓↓

1、金子哲雄さんのプロフィール ページ1

2、手紙が泣けてハンパなかった! ページ1

3、最後の言葉もハンパなかった! ページ1

4、妻への遺品とは? ページ2

5、死因はおおたわ史絵が関わっていた! ページ2

6、最後に ページ2

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金子哲雄さんのプロフィール

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出典http://towa4649.blog.so-net.ne.jp

  • 本名 金子哲雄(かねこ てつお)
  • 生まれ 1971年4月30日
  • 出身 千葉県
  • 学歴 慶応義塾大学 卒業

流通ジャーナリストになるきっかけは、小さい頃から

スーパーのチラシを比較して見ることが好きだったため

学生時代から流通や物流への興味がわきジャーナリストの道を

進んだと言われています。

 

大学卒業と同時に、ガソリンなどの価格調査の仕事をやりだし

そこから、石油王国と呼ばれるアラブ系の人たちと面識を持ち

莫大な資産を持つ人たちの顧客獲得に成功し、

わずか1年でコンサルティング事業を始め、独立を果たす。

 

その後の2008年ごろから、テレビやラジオへのメディア出演が

増えていき、人気ジャーナリストとしてブレイクし

不動の地位を確立しました。

手紙や最後の言葉が泣けてハンパなかった!

2012年に肺がんのため亡くなった金子さんですが

奥さんである金子稚子さんはもちろん、身内の方に送った

手紙がスゴイと反響を呼んでいました。

 

生前に書いたものと思われますが、通夜の時に参列者の方々に

贈られたそうで、

その内容がこちら↓↓

このたびは、お忙しい中、私、金子哲雄の葬儀にご列席たまわり、ありがとうございました。今回、41歳で人生における早期リタイア制度を利用させていただいたことに対し、感謝申し上げると同時に、現在、お仕事などにて、お世話になっている関係者のみなさまに、ご迷惑おかけしましたこと、心よりおわび申し上げます。申し訳ございません。

  もちろん、早期リタイアしたからといって、ゆっくりと休むつもりは毛頭ございません!第二の現場では、全国どこでも、すぐに行くことができる「魔法のドア」があるとうかがっております。そこで、札幌、東京、名古屋、大阪、松山、福岡など、お世話になったみなさまがいらっしゃる地域におじゃまし、心あたたまるハッピーな話題、おトクなネタを探して、歩き回り、情報発信を継続したい所存です。

このたび、葬儀を執り行うにあたりまして葬儀社のセレモニーみやざき 宮崎美津子さまには生前より真摯(しんし)に相談にのって頂きました。また、自分の歩んできた道とゆかりのある港区東麻布を終(つい)の住処とすることをお許しいただきました、浄土宗 心光院 御住職 戸松 義晴先生には公私にわたり、死生観などのアドバイスをちょうだいしました。この場をお借りして御礼申し上げます。ありがとうございました。

  最後になりますが、本日、ご列席下さいました、みなさまのご健康とご多幸を心よりお祈りしております。41年間、お世話になり、ありがとうございました。

  急ぎ、書面にて御礼まで。

  平成24年10月1日

 流通ジャーナリスト 金子哲雄

これに対し、ネット上の反応は

こういうの、俺も残しときたいわ。

 

すごい人だ。本当にすごい人だ。

 

ただのおっさんだと思ってたのに…
すごいな。

と、感動の嵐のようでテレビでは人情味溢れるキャラや個性的な

一面も醸し出していた金子さんですが、なんとも素晴らしい手紙を

生前に残してあったんですね。

最後の言葉もハンパなかった!

金子さんは亡くなる直前に、妻の稚子さんに最後の言葉を

かけられています。

それは、最後に稚子さんの作ったおでんを食べたいとおっしゃった

ようで急遽おでんを作った稚子さんは、まだダシが染みてないおでんに

対しても金子さんは「これがあると安心だね。食べたいときにいつでも

食べれるから」と言い、「明日になればもっと味が染みておいしくなるね」

と稚子さんも返していたと言います。

 

そしてその晩に、

稚ちゃん、、、俺もう厳しいと思う。もうお別れだね。

と一言発したと言います。

何かドラマのワンシーンのようでホントに切なすぎますね。

自分の身内に同じことが起きれば、管理人は立ち直れないでしょうね(^_^;)

それにしても奥さんの稚子さんは本当に精神力が強い方なんでしょうね。

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